第3回 「山口敏郎さんのアトリエ」 高橋英巴

アトリエ訪問の楽しみは何といっても作家の凝縮された空間の中で制作のドラマの一端にふれ、手品の種明かしを見るような期待感かもしれません。ルイジアナ美術館を訪ねた帰り、コペンハーゲンの空港で東京に帰る一行と別れて館長他七名はスペインのマドリッド在住の山口敏郎さんのアトリエを訪問しました。
山口さんは住まいの近くに生活と切り離した仕事場をお持ちで、部屋は一日中安定した光が取り込めるようわざと北側を選ばれています。そっけない工場のような部屋の床や壁、廊下を所狭しと作品が溢れており、そこは生活感のまったくない仕事部屋、男性的でおおらかなエネルギーに満ちた空間です。
そんな山口さんのアトリエから生まれる絵は乾いているけれど冷たさを感じさせません。
スペインの石畳や古い建物に流された時間の経過が持っている単なる美しさだけではないもの、痛みと苦しみが混ざりあって奥行を増していき、視覚としては捉えがたいものを山口さんは厚いザラザラしたテクスチャーの中に現そうとしているのではないでしょうか。
絵の中に具象的なスペインはないけれど、ここで生活する山口さんのスペイン、風土の中の風や空気や水の、皮膚で受ける刺激がアトリエの中に確かに充ちていたのを感じたのです。
アトリエの所々に具体的なイメージの船やプロペラの飛行機の絵が、少しホッとさせる空間を作っていました。

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