001 わが生涯の輝ける日
思いがけなく二月の二十二日から一週間、ハンガリーのブタペストに行って来た。
すどう美術館でも展覧会をしていただいている陶芸家の勝田素子さんは優秀なツアーコンダクターでもあり、妻が勝田さんにお願いし、プライベートに案内してもらったものである。それならばと参加者が直ぐに集まり私たち夫婦を含め十二名の旅であった。
私は当初、少々体調不良であったうえ、長期に美術館を空けることにもなるのでためらっていたのであるが、ちょうど七十歳の誕生日を迎えることもあり、それに結婚四十周年でもあって、心やさしい子どもたちが記念に行ってきたらと、お餞別をつけて背を押してくれ、その気になったのである。
さて十四時間に近い空の旅をして着いたブタベストは中世の名残の古い建物の多い落ち着いた雰囲気のある町であった。「美しき蒼き」筈のドナウは濁っていたが、街の中心にゆったりと流れさらに趣きを増している。第一日目のナイトクルーズで見た「ドナウの真珠」といわれる夜景は旧宮廷や国会議事堂、大聖堂その他の建物がライトアップされていて旅の疲れも忘れるほど美しいものであった。
ブタベストでは勝田さんの行き届いた取計らいで質的に高い美術館やギャラリーの他、二つの美術大学の訪問も組み込まれていた。それぞれ担当の先生たちが熱心に大学運営の状況を説明してくださったうえ、専攻によって分かれている教室での授業風景を見せてくれたことは参加者にとってまたとない機会であったと思う。
この旅でのハイライトは勝田さんの先生のシャンドールさんが全員を家に招いてくれてのウェルカムパーティである。シャンドールさんの家は周りに他国の大使館などもある山の手の築二百年にもなる古い建物の中にあり、十数人のアーティストがそれぞれアトリエを持つ「芸術家の家」のひとつである。国が提供し、芸術家として認められた人だけが住むことのできる建物で長い歴史を持っているとのことであった。シャンドールさんの作品は市内のギャラリーでも見せてもらったが、主として石を素材に制作する著名な彫刻家である。ドローイングも素晴しい。
広い居間をはじめとするいろいろな部屋にはご自分の作品や収集した作品が置かれているが、そんな中で私たちは美味しいワインや奥さまのクララさんの心を込めた料理などご家族から最大の歓待を受けた。自分の家にいるような気分でくつろいでくださいというシャンドールさんの温かい言葉に、本当にみなリラックスして楽しませていただいた。
宴が一段落したところ、シャンドールさんが全員を集め、照明を落とし突然「これから須藤一郎さんの70歳の誕生パーティをします。ハンガリー式誕生パーティをお見せしましょう」と言い、それを合図に、花火のようなものと一緒にバースデイケーキが運ばれてきた。乾杯の後、シャンドールさんから花束の贈呈と素晴しいプレゼントをいただいた。それはシャンドールさんが一日かけて私のために描いてくれたという70個のキューブを並べたドローイングであった。なんという心遣いであろう。
そして同行の皆からもお祝いの品をいただいた。どうやら知らぬは私ばかりだったというわけであるが、遠い異国での思いがけない出来事に私はただ感激し、うろたえるばかりであった。わが生涯においてめったに味わうことのできないうれしさであり言葉に表せない幸せを感じた。皆の好意は一生忘れないであろうし、プレゼントされた絵は私の一番の宝になるであろう。
美術のことをしていてよかった。まだこれからも力のかぎり頑張らなくてはという思いでいっぱいになった。
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