009 誰のための美術館

大日本インキ化学が運営している「川村記念美術館」という美術館がある。
千葉県の佐倉市にあり、都心からちょっと遠いが、常設室に展示されている大日本インキのオーナー3代で集めた近代および現代美術の収蔵品も素晴らしいし、モネの睡蓮やへンリームーアのデッサン・彫刻展など見応えのある企画展もつぎつぎに行っている。
最近、紹介してくださる方がいて、この美術館の鈴木信館長が来館されしばらくお話を聞く機会があり、その後私もあらためて川村美術館をお伺いし、鈴木館長に長い時間お付合いをいただいてしまった。そしてわかったのであるが鈴木館長のユニークさである。来館者に会うとどこでも「いらっしやいませ」と大きな声でいう。会社で長年営業を担当してきたという経験を生かし、眺めのよい特別室を誰でも使える抹茶の喫茶室にしたり、収益を増やすためにグッズショップを拡大する計画を実現に移したりと来館者の立場に立ちながら経営にも力を入れている。
当たり前と言えば当たり前なのであるが、公立の美術館などでは県や市から天下りの役人か、名のある美術評論家などが館長に就任する場合が多く、身体を張ってまでという人は少ないし、また、来館者の視点で運営を考えようとする姿勢の人も少ない。
先日見えた美術館の関係者からこんな嘆きの声を聞かされた。ある県立美術舘で館長が県の役人に変わったとたん、館員に1時間ごとに来館者数を報告させるようになったのだそうである。要するに来館者数の多寡のみが問題になってしまったというのである。
そしてまた、広報紙も「県から県会議員他多数の幹部のご出席をいただいて〇〇展のオープニングセレモニーを盛大に行った」と県の関係が大事といった取り上げ方だという。セレモニーに出席したその人によれば、代表であいさつした議員は絵のことにはなにも触れず、展覧会のタイトルの「わが道」にひっかけ自分の越し方を綿々と話しただけとのことであるが…。
そんな風であるから来館者への対応も杓子定規なところが多い。閉館時刻に近づくと網を持って魚を追うがごとく一斉に出口の方へ来館者を追いやるし、せっかく65歳以上は割引という制度を作りながら年齢を証明するものがなければだめという。誰だって、いつも身分を証明するものなどもっているわけではない。なんとも情けない話である。

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