011 プリンスホテル

神戸で120人を越す作家の展覧会を開催したが、元兵庫県立近代美術館であったその会場は私には忘れられない思い出の場所でもある。
もう20数年前になるが、やがて私のコレクションの中心となる菅創吉の作品があると聞いて訪ねて行ったのである。この美術館で倉庫に収蔵してあった、「行路」という5点シリーズのオブジェの作品を見せてもらっている。
その時に菅創吉が親しくしていた喫茶店が近くにあると案内されたが、記憶は薄れていた。
今回、神戸の作家たちが、菅作品のある喫茶店があるから行きましょうといって連れて行かれたのが、「プリンス」という名の喫茶店で、震災を受け、店の改装はされていたが、まさにあの時の店であった。今も菅の小さな絵と小さな立体が置いてあり、オーナーの前田さんがサイホンでおいしいコーヒーを入れてくれながら、親の代からの菅創吉との関わりをいろいろ話してくれた。
菅家が近くにあって親戚以上の付き合いをしていたこと、菅家が火災で焼けてしまい、東京へ行くきっかけになったことなどなどである。
前田さんは隙を見て、「菅さんからいただいた」という絵を階上の自宅から3点持ってきて見せてくれたが、どれも興味深い作品であり、中でも、酔っ払って「色紙を持ってこい」といって描いてくれたという河童の絵が出色であった。
菅は上京後も神戸に来ては前田家に寄り、旧交を温めていたらしい。喫茶店の階上にある前田家を「プリンスホテル」といって、定宿にしていたとのことである。
思ってもみなかった神戸での展覧会、そして菅創吉にまつわる新たな出会い、縁とは不思議なものである。

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